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東京地方裁判所 平成2年(ワ)4410号 判決 1991年3月06日

原告

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

大治右

高橋秀忠

被告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

遠藤雄司

主文

一  被告は原告に対し別紙物件目録の専有部分の建物の表示欄記載の建物を明け渡せ。

二  被告は原告に対し平成二年四月二六日から右明渡しずみに至るまで一か月金一五万円の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一事案の概要

一争いのない事実等

1  原告と被告は昭和六三年八月一九日婚姻の届出をした夫婦である。なお、原告は死別した前夫との間に長男一郎及び長女春子の二子をもうけている。

2  別紙物件目録の専有部分の建物の表示欄記載の建物(以下「本件建物」という。)は原告の所有に属するものであり、原告は、その所有権を取得した昭和六二年一月以降被告及び長女春子と共に本件建物に同居していたが、平成元年一一月一三日長女春子と共に本件建物を退去して、被告とは別居するに至った。以後、本件建物は被告において占有している。

3  本件は、原告が被告に対し、所有権に基づき本件建物の明渡しを求めるとともに、訴状送達の日の翌日である平成二年四月二六日から右明渡しずみに至るまで一か月金一五万円の割合による使用料相当損害金の支払を求めるという事案である。

二本件の争点

被告は、本件建物の占有権原として、民法七五二条に基づく居住権を主張している。

これに対し、原告は、原告と被告との間の婚姻生活は破綻状態にあり、しかも婚姻生活を破綻に導いた原因は被告の度重なる暴力・威嚇行為及び不貞行為等にあるから、被告が本件建物についての居住権を主張することは権利の濫用に該当し許されないと主張している。

第二争点に対する判断

一夫婦は同居し互いに協力扶助する義務を負うものであるから(民法七五二条)、夫婦の一方は、その行使が権利の濫用に該当するような事情のない限り、他方の所有する居住用建物につき居住権を主張することができるものと解される。

そこで、夫である被告が妻である原告の所有する本件建物についての居住権を主張することが権利の濫用に該当するかどうかについて以下検討する。

二前記争いのない事実に加え、後掲各証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

1  原告(昭和二〇年二月生)は、前夫乙野夏夫と昭和五五年ころ死別し、昼は保険外交員として、夜はクラブのホステスとして働きながら、原告の妹と共同で親から相続した遺産である台東区三ノ輪所在の建物に妹夫婦と階を別にして居住していた者であり、被告(昭和一九年一〇月生)は、前妻と離婚し、鳶職として建築現場の仕事に従事していた者であるが、原告は昭和五七年ころ勤務先のクラブに客として来た被告と知り合い、昭和五八年ころから被告も原告方に入居して同棲を始めるに至った。

(<証拠略>)

2  原告は、昭和六一年一〇月二〇日自己の有する右居住建物及びその敷地の共有持分を代金七〇〇〇万円で妹の夫に売却し、右売却代金を購入資金として、昭和六二年一月九日、本件建物を代金二八八〇万円で購入してその所有権を取得し、被告及び長女春子と共に本件建物に転居した。

(<証拠略>)

3  また、原告は、被告の強い要請を受け、昭和六一年一〇月九日被告と連名で東京都江戸川区西葛西に約五四平方メートルの店舗を賃借した上、同年一一月六日被告がフランチャイジー、原告が連帯保証人となって、株式会社ドトールコーヒーとの間で加盟契約を締結し、喫茶店を開業した。右店舗賃貸借契約の保証金四九三万八〇〇〇円及び加盟契約の加盟金四〇万円に、店舗内装費・什器備品費・当面の人件費等の運営費を加えた金額は総額で金三〇〇〇万円に近い金額に上ったが、すべて原告が取得した前記売却代金の中から支払われた。

(<証拠略>)

4  被告は、前記喫茶店の開店時である昭和六一年一二月から昭和六三年二月ころまで同店の仕事を手伝っていたが、その間、店の売上金の中から毎月三〇万ないし四〇万円位を勝手に持ち出すなど金遣いが荒く、生活費は原告の保険外交収入で賄わざるを得なかったばかりでなく、喫茶店の従業員丙野某及びクラブのホステス丁野某と男女関係を持つなど夜遊びも激しく、そのため原、被告間には争いが絶えず、原告が意見すると、セロテープカッターを原告の顔にぶつけるなどの暴行を働くようなことがあった。

(<証拠略>)

5  昭和六三年三月ころから原告及び長女春子が前記喫茶店の仕事を取り仕切り、被告は本来の職業である建築工事現場の仕事に戻った。しかし、被告は、自己の収入は全く家計に入れずに賭事や遊興費に浪費し、逆に原告に対し店の売上金を渡すよう強要する始末であり、自分の思い通りにならないときは、原告の頭を殴りつけたり、腰や尾てい骨のあたりを足で蹴るなどの暴力を振るったりした。なお、原告は、被告の強い要請を受けて昭和六三年八月一九日に婚姻の届出をしたが、その後も被告の原告に対する暴力は激しさを増し、右に述べたような暴力に加え、椅子を振り上げて脅したり、灰皿や目覚まし時計を投げつけて自宅マンション(本件建物)の壁やドア等に穴をあけたりするようなこともあった。

(<証拠略>)

6  更に、被告は、長男一郎及び長女春子とも折合いが悪く、長女春子に対しては、同人が会社の仕事の都合で帰宅が遅くなり門限を過ぎたようなときに、自宅マンションのドアに鍵をかけて一晩中部屋の中に入れないというようなことが何度もあり、また、同人に暴力を振るうなどして会社を無理矢理に辞めさせたり、同人の衣類・化粧道具等を自宅マンションの玄関に投げつけて脅すようなこともあった。

(<証拠略>)

7  原告は、被告との婚姻生活が以上のような状況であり、被告の手前勝手な態度と度重なる暴力や威嚇によるストレスが原因で食欲が減退し、食べ物が喉を通らない状態となったことから、被告の暴力を避けるため、平成元年一一月一三日、前記店舗を一時閉店した上、長女春子と共に本件建物を退去した。

(<証拠略>)

8  しかるに、被告は、その後前記店舗を占拠して営業を再開し、店の積立金約三〇〇万円を勝手に使い込んだばかりでなく、平成二年五月ころ、原告に無断で同店舗の看板を取り替えた上第三者(秋野某)に経営を委託しており、その収入も被告が独占して取得している。また、被告は、同年一〇月以降、原告に無断で本件建物内に友人の冬野某及びその内縁の妻月野某を住まわせ、右両名にその使用を認めている。

(<証拠略>)

9  原告は、現在、昼間は保険外交員として、夜はクラブのホステスとして働きながら、アパート住いをしており、本件建物の明渡しを受けた上、これを他に賃貸して得られる賃料収入(本件訴訟提起前の時点で一か月金一五万円は下回らないものであることは被告の自認するところである。)を生活費の不足分に充てる必要性に迫られている。なお、原告は、被告との間の離婚を求める訴訟を提起しており、右訴訟は現在東京地方裁判所において審理中である。

(<証拠略>)

三右に認定したとおり原告と被告とは平成元年一一月一三日以降別居状態にあることからしてその間の婚姻生活は既に破綻状態にあるものと認められ、今後の円満な婚姻生活を期待することはできないものといわざるを得ず、しかも、右に認定した事実によれば右婚姻生活を破綻状態に導いた原因ないし責任は専ら被告にあることが明らかというべきである。

以上の認定判断に徴すれば、本訴において被告が本件建物についての居住権を主張することは権利の濫用に該当し到底許されないものといわなければならない。

四してみると、被告に対し、所有権に基づき本件建物の明渡しを求めるとともに、訴状送達の日の翌日である平成二年四月二六日から右明渡しずみに至るまで一か月金一五万円の割合による使用料相当損害金の支払を求める原告の本訴請求は理由がある。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官土肥章大)

別紙<省略>

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